3. バルカン半島(西側)に行こう: ヴィシェグラード→サラエボ

2017年7月25日 Day4

朝は、前日にスーパーで買っておいたヨーグルトとか、昨日もらったブレキとか。そんなものを食べて、出発。結局、チェックアウトは、鍵を部屋に置いておけばよいとのこと。

 

ヴィシェグラードからサラエボに行くには、バスが2本あるとのことでした。1つ目は8時発(始発):ツアーリストインフォメーション前。2つ目は13時ごろ発(たぶん経由):橋を渡った向こう側。今後行かれる稀有な方のために、バス乗り場の写真を貼っておきます。

 

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1つ目。朝8時に、この駐車場に止まっています。

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2つ目。午後便。奥の白いカバーのかかっているところがたぶんバス停。

 

私が来たときにはこんな感じ。右奥の白いブロックがあるところが橋の入口です。

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15分ぐらい前にはすでにバスは停車していて、運転手や車掌はどこかに行っていませんでした。すでにおばあさんが2人待っていて、しばらくしたら車掌さん登場。

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チケットは15マルカ、荷物は1マルカ。出発を待っていたら、なんとオーナーAさんが見送りに来てくれました。もう、何といってよいやら。じーんときました。

 

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サラエボまでの道はとにかく山の中を走りますが、その光景が素晴らしいです。緑の山々、ドリナ川、そのうち渓谷が見えたり。見ていて飽きない美しい景色でした。私にカメラの腕がないのが残念すぎる。

山のトンネルを抜けると急に右手にサラエボの街が見えてくるのですが、何と大雨。おいおい。しかし、バスに乗ってみていると、サラエボが囲まれた街ということが良く分かります。また道の途中に「スルプスカ共和国にようこそ」という大きな看板があって、ボスニアの複雑さを急に見せられた気分になりました。

 

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サラエボにはバスターミナルが二つあります。今回は、スルプスカ側のヴィシェグラードから来たので、バスは東バスターミナルに到着。ここからトラムに乗って街中に行こうとしたのですが、乗り場の案内がない、地図もない。Informationのおじさんに話しかけても、英語は分からないから!チケット売り場に行って!と取り付く島もない。チケットのおばさまも、英語は駄目!トラムはあっち!と手振りで何とか教えてくれて、ひとまず出発することに。どうやら後日聞いたところによると、この世代の人たちはロシア語を学校で勉強していたので、ロシア語で話しかけたらよかったのかも。(いや、いくつかの単語しかしらないけど)

結局行き方としては、上の写真の奥(北側)に出ると、左手にターミナルに沿った道路があるので、ひたすら北へ向かうと、3分ぐらい歩いたところの右側に広場があって、そこがバス・トラムの乗り場になっています。

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こういう緑の歩行者道路を歩いていると。

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こんな広場が右手に見えます。これが乗り場。

ちょうど近くに若い子がいて、英語が分かったので、31番のバスに乗ったらよいと教えてくれました。

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バスは中に入ると、車掌さんがいて1.6マルカでチケットをくれます。バスはすごくきれいで、故障気味でしたがスクリーンで停車場を表示。Wifiもオッケー。

キョロキョロしていたら、これまた優しい別の若い子が、大丈夫?と声をかけてくれて、道すがら町のことについて説明をしてくれました。大学生で、今からはアルバイトに行くとのこと。人件費が安くて英語を話す人も多いから、アメリカの企業なんかがアウトソースでボスニアを使うことが多いとのこと。ボスニアでは400USDぐらいあれば、一か月暮らせるからどう?と聞かれ、それもいいなあと思ったのは内緒。

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スルプスカ側からスナイパー通りに出てくると、とたんに現れる戦争の跡。ほとんどのアパートは外壁をきれいに補修していましたが、少しだけ今でも残っています。

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よく見るとあちこちに、亡くなった方のための碑が残っています。

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そのうちに、オスマントルコ時代の街並みに入っていき、観光の中心部へ。ホテルは旧市街のすぐ近くを予約したので、まずは重いバックパックを置いていくことに。こんな住宅街みたいなところを抜けた奥に、今回の宿があります。

www.booking.com

厚い扉を開けると、小さな玄関の先にオーナーさんが。雰囲気は去年のスコピエの宿かな。玄関?のすぐ横の屋根の下にソファがあって、ここはフリーコーヒーやお茶があって、よく見たらウォーターサーバーも。オーナーさんは60代ぐらいのおじさま。少しの英語ですが、穏やかで優しい声で癒し系です。奥さまらしき方とも会いましたが、こちらはちゃきちゃきのおばさま。うーんこういうカップルって万国共通かしら。

相部屋でしたが、結局私とイラン人の女の子のみ。彼女は3か月も夏休みがあるらしい。私と反対のルートで、セルビアまで行ったら、アルジェリアに行くとか。うらやましすぎる。

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まずはお昼ごはん。広場の目の前のカフェで、ジュースとお肉のブレキのセット。6マルカ。うん、安い。うまい。

www.tripadvisor.jp

ぼーっと眺めていると、観光客は圧倒的にムスリムの人が多い。後で聞いたところによると、アラブ諸国からの観光客が一番多いんですって。やっぱり食べ物とか文化の面で来やすいのかなーなんて、翌日のツアーのドライバーさんに言っていたら、いやいや彼らは近郊の自然スポットが目当てらしいとか、言われました。自然って。確かにアラブは砂漠ばかりだけど。

そこからは、まず旧市街をとにかくぶらぶら歩くことに。

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カンカンと叩く音もいとおかし。

いかにもトルコのものが多かったり

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こんなところに戦争の影響を見つけたり

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たくさんのカフェを横目に歩いて…

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歴史的に重要なココ!に来ました。これは何かというと、ラテン橋という第一次世界大戦の発端となる事件現場なのです。オーストリア皇太子が暗殺された場所です。といっても実際は橋の上ではなく、道を挟んだこちらが現場。

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写真中央にここが現場だよ~という文章が書かれています。そして、この建物は事件の博物館になっています。せっかくなので入ってみました。

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一言でいうと、ワンフロアでぐるっと何も考えずに歩いたら2分ぐらいで終わる小さな博物館です。皇太子のことや、犯人について関係するものが展示されているのみです。因みに入場料は、マルカ。先客は二人のみ。

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頑張って人形で再現してみたり。

はっきり言って、何も知らなければ通り過ぎる街角。こんなところに歴史上、重大なイベントが起きるのです。ラテン橋なんて、もっと大きいかと思ってた。旅に出ると必ず歴史のお勉強をもう一度したくなります。特に近現代史

 

(長くなるので、一旦ここで切ります。)